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よく進路相談を耳にします。

それは、自分がやりたいことが決まっていない状況であったり、

先が見えなかったり、はたまたなにをしたらいいかわからないことが多々あります。

大人だって、将来のことなんてわかりませんし、なにをしたいかわからない人間がほとんどかもしれません。

逆に先が見えていることってどのくらいあるのでしょうか?

 

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本当に必要なのか進路を決めることではない。

中学や高校、そして大学や専門学校に進学することは、どれだけ大事なことか具体的にはわかりません。

どこの場面に身を投じても本当に必要なことがあります。それは、どんな状況にも対応できる順応性です。

希望の環境に進学しても、思い通りにいかないことがほとんどでしょう。

 

でもそこで社会から問われるのは、どれだけ対応できるかです。

さらには、その環境下で、どれだけ自己表現、自己実現できるかです。

 

逃げていても、誰も助けてくれない。

日本に限らず、世界はそんなに甘くないのが現実です。

でも、その環境を選んだのは、紛れもなく自分本人です。

ここで描いていた思いと違ったとしても、誰かの言い訳にしていたら、なにも始まらないですし、単なる弱いもの扱いになってしまいますよね。

 

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こぞっていい大学を目指す意味は?

いい大学に入ること、目指すことは、モチベーションの意味では素晴らしいでしょう。

それは、いい会社に入ることもなければ、ネームバリューが欲しいのでは、考えがチープでなりません。

本当に大事なのは、その環境でなにを学ぶかです。

 

幸いなことに、大学は高校と違って、学部が細分化され、

自らの目標に向かうための勉強ではなく、学術を学ぶ場でもあります。

 

今の学生が、どれだけの思いを持って、この学術と向き合っているか定かではありませんが、

せっかく学ぶのであれば、専門知識を共有出来れば、人として、さらにレベルアップするのではないでしょうか。

 

もちろんこれは大学に限ったことではありません。専門学校なんて、専門という名のごとく、

専門知識を短期間で学べる絶好の機会です。

さらに言えば、学校だけでなく、社会に飛び出すことも、素晴らしい勇気です。

 

いい会社に入ることって?

どこまで正しいのかわかりませんが、その仕事って本当に自分がやりたかったことなのでしょうか?

少年時代に思い描いている未来は現実になっているのでしょうか?

 

人生には紆余曲折はつきものですが、生きながら死ぬのではなく、

死んでも生きている人生を歩むことが、人として求められている究極かもしれませんね。

 

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